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サミュエル・ウルマンの「青春」が嫌いだ! [世間のコト]

 サミュエル・ウルマンの「青春」という詩を御存知だろうか?一言でいうと「青春とは年齢でなく気持ちのもちようですぜ」という詩である。大学を卒業する前にとある退官前のセンセイが授業の最後に朗読してくださった。また、サクセス系ビジネスオヤジのコラムなどで、まま目にする。その度に非常に嫌な気分になる。サミュエル・ウルマンがどんな人でどんなつもりでこの詩を書いたのか知らないし、まぁそんなことはウルマン氏の勝手だろうが、この詩での「青春」の定義には全く共感も納得も、もちろん感動もできない。

 ウルマン氏の言う「青春」というのは豊かな想像力や冒険心、探究心が衰えない状態だということだが、このあたりに共感できない理由がある。

 私が考える「青春」というのは、美しさと無知、未熟さから成り立っているものである。今、20歳前後のコ達を見ると、だいたいキレイな肌つやで(中年になったらひどい容貌になりそうな人もそれなりの)輝きを放っている。少なくともシミ・シワ・白髪はなく、目も見え歯も揃っている。楽しそうにゲラゲラ笑っていたり、恋人に振られて泣いていたり、イライラしてケンカをしたりと、つまらないことで一喜一憂している。経験や想像力がないからいろいろなことに感動でき、自分に自信がないけれど良く見てもらいたいと思って失敗したりする。心が不安定で、何でもが発見な時期なのだと思う。
(想像力がないから、自分達も老いて行くとも知らずに、ババア&ジジイの容姿を笑い、そのババア&ジジイにも青春時代があり今のコと同じように流行のファッションをおいかけ、夜遊びしたり恋愛していたことに気付かない。)

 成功していくらかの金と名誉を持ったジイサマは、「青春」なんて言葉に憧れたり惑わされたりしないで、経験を積んだ故の感動や探究にもっと敬意を払ったらどうなのだ、と言いたい。ハゲアタマに太鼓腹で、「青春」もなにもないものだと思う。


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感想の感想

あなたが若い証拠だと思います
by 感想の感想 (2005-09-20 22:38) 

tabu

あなたよりは、若いかも知れませんね〜。
by tabu (2005-09-22 22:00) 

貴方よりはるかに老齢な!!

あなたの若さはすばらしい。羨ましいほどにお若い。
ところで今の若者たちに青春を感じないのはなぜだろうか?
貴方に説明してほしいですね。
by 貴方よりはるかに老齢な!! (2005-10-22 12:51) 

tabu

それは本当に若者に触れていないか、頑に自分の若い時代の感性だけが青春だと思っているからだと思います。短い文面でなんですが、あなたは嫌みなお爺さんですか?それともおばあさん?私は今年38になった独身の会社員で女性です。
by tabu (2005-10-23 21:42) 

Weismann

同感です。「青春」が好きだという人の中には名誉会長とか相談役とか「もう若い人に譲ってひっこんいたらどうだ」といいたいような人の物欲しげ顔も見えます。私はもう70歳を過ぎた老人ですが近々ある会の会報にウルマンの「青春」が嫌いだというテーマで寄稿するつもりです。
見習うべきは甲子夜話を書いた松浦静山のような人だと思っています。
by Weismann (2005-11-02 20:31) 

syun

反論するつもりはないですが、青春の詩はいいと思いましたよ。私は青春はキラキラしている人生だと思っています。何かに思いきってやり遂げようとしている人だと思います。そんなキラキラしている生き方は素敵だと思いました。私は、まだ19歳という若さではありますが、これからも心は若くいきたいです。
青春は燃え尽きてこそ、わかるものだと、どこかの本で読みましたけれど。
by syun (2005-11-18 22:53) 

taka

「未熟さ、不安定さ」を青春とするか、「輝いていること」を青春と言うかの、定義の捉え方の話のように思いました。

tabuさんは外見というポイントに重きを置きすぎのような印象をうけますよ。腹が出ている若者もいますし、美しさがそれほど大きな要素になりますかね。

いつまでも自分は未熟だと感じて、常に発見をし続けて、頑張っている人は素敵だとも思いますし。

若くて青春の中にいない人もいれば、老いてなお青春の中にいる人もいるものじゃないですかね。まあ、絶対数は少ないでしょうけども。


by taka (2008-10-23 22:46) 

tabu

私はいつまでも未熟なヒトが嫌いなんですよね。経験を積んで、成熟して、そしてさらに様々なことに挑戦したり感動したり探求したりしたいんです。そしてそれを「青春」とは呼びたくないんです。今の世間は「若さ」を礼賛しすぎる気がする。「若くないといけない」という強迫観念が強すぎる、というか。
by tabu (2008-10-25 10:51) 

ヤッホー

Tabuさん、こんばんは。
もう師走も後半、あと10日もすれば新年ですね。

私は「青春の詩」を座右の銘としています。それも、飾っておくばかりではなく実践してもいます。Ulmanさんの言っていることは真実であると思います。確かに年齢を重ねれば肌も、体の緩みも、頭髪の後退もあるでしょう。しかし、そんな外見はここでいう「青春」とは無関係だと思います。要は“気力”、「やる気」、「心構え」だと思います。背が高く、スマートで、フサフサ髪の若者も結構老成した考えの方が少なくありません。逆に60歳過ぎても、80歳過ぎても試みたい、やり遂げたいことで満ち満ち溢れ、日々努力を重ねて充実感を楽しんでおられる人もいます。後者の人々は確かに年齢を重ねてはいますし、顔には皺もあるでしょうが、心の中は決して“老人”ではありません。明日がまた来るのを待ちきれない向上心のある“若者”だと思います。そして、不思議なことに、その人たちは例外なく、はつらつとしており、老成した若者たちよりはるかに若いのです。
by ヤッホー (2008-12-22 00:13) 

tabu

ヤッホーさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
私が感じる事ですが、「青春」の詩が好きな人って、自分だけは若く輝いてる的な(他のジジイと俺は違うという)トクベツ意識持っているような。人の目ばっかり気にせずに、そのとき自分が楽しくて正しいと思う事をやればいいと思うのですが。
老人でも毎日楽しい事があるし、年とっても初めてすることがあればドキドキするし、それをわざわざ「老人」を否定して「青春」とか言う必要があるのか?と思います。


by tabu (2008-12-23 19:50) 

おしん

私は「青春」の詩が好きです。

私は、名誉会長でも社長でもない。ただのおばさんですが。
17歳の頃の私より、今の私のほうが、若いです。

旧家の跡取り娘として生まれ、厳しい両親に仕えていたあの頃。自分はこの旧い家を守り、自由も無く、親のいうとおりの結婚をして、一生を終えるのだ…と、人生を投げていました。

感受性も何もあったもんじゃない

心が凍りついていました

旧家を飛び出し、自由に好きなことをやっている今の私のほうが、若いです

うまくいかないことを、時代や環境のせいにし、感謝が出来ない人は、年齢に関係なく、実年齢より老けてみえます

昔の私がそうでした
by おしん (2009-05-16 10:21) 

tabu

おしんさん、こんばんは。コメントありがとうございます。
私も若い頃より今の方が、いろいろ自由で楽しい事をやっています。「年寄りの冷や水」とか冗談めかして言ってますが、きっと大人になったせいだと思います。
若い時は、不器用だったり、自分に自信がなかったり、他人の目が気になったりして、自分を解放できなかったんではないかと思います。そーゆーのが青春なのではないか、というのが私の見解です。老いて楽しめない、というのは偏見だと思うし、おしんさんは「若い」んではなく「熟成」したのではないでしょうか?
何でみんな「若さ」に価値を置くのかしら〜!?
by tabu (2009-05-18 23:36) 

henachoko

はじめまして。

私も、20代の頃より40代の今の方が自由だし柔軟ではあると思いますが、若いとは言わないですね。
表現、あるいは「若さ」という言葉の捉えかたに差があるのかもしれませんが。

自分を若いとか思ってる人って、服装や髪形が若作りなのに自覚がないので、ちょっとイタい場合が多いんですよね…
偏見かなあ。

by henachoko (2009-10-29 15:42) 

tabu

henachokoさん、お返事が遅くてスミマセン…。このテーマはブログの中でも人気があって(?)未だにアクセス数が衰えないです。急に高齢化社会になった日本で、いかに自尊心を保ちながら長生きするか?というのはそれぞれに重要な命題ですもんね。

最近流行の40代、50代の悪あがきアンチエイジングは、一生懸命な感じと反面開き直ってる感が合わさってて、結構好きです(自覚がないとイタくなるのは同感!)。
by tabu (2009-12-29 06:29) 

iemonhan

こんにちは

「青春」と表現したのは日本の訳者ですよね。

「炎ゆる情熱」とか「勇猛心」という表現は確かに「青春」の内容を表しているかもしれませんが、ウルマンは詩人ですから、老いへのアンチテーゼを詩にしたということでいいのではないでしょうか。

それには"Youth"以外に適切な言葉があるでしょうか?日本語に訳す場合も、「若さ」と表現してしまったら詩にならなくなるので「青春」と訳すしかないですよね。

確かにセミナーにもってこいの題材ですよね。

詩と思うとしらけてしまうので、セミナーと思えばいいのではないでしょうか。
by iemonhan (2010-12-16 13:57) 

やんきち

はじめまして
検索してやってきました。
2005年の記事なのに最近までコメントが続いている。
普遍のテーマゆえですかね。
「青春」のイメージはtabuさんのおっしゃることに共感できます。

よく茶碗だとか暖簾だとかに書いてあるような
「年取っても若々しくあるには」数え唄
としてウルマンさんの「青春」をとらえるととても力をもらえます。
youthを青春としたところに無理があるように思います。
by やんきち (2011-05-24 22:42) 

tabu

やんきちさん、こんばんは!
…なんだかすっかりレスが遅くなってスミマセン(^^;;
5月24日といえば、地獄のイベントをやっておりました〜
私は、「若さ」「未熟さ」ばかりが礼賛されるより
(もちろん、その価値もわかってるつもりですけど)
成熟して、その先老いても
毎日前向きに暮らして行けたらな、と思います。
「老い」が嘲笑の的なんて社会は馬鹿だと思います。
でも図々しい老人もイヤで
なんか難しいです。
最悪なのは未熟な老人かも!?
by tabu (2011-06-16 23:18) 

モニ

この流れ(論考って言っていいのか)興味深いです!
全部に共感できないとしても「円熟」をかっこよく考えるのは素敵だと思います。

ちょっとズレますがお笑いなどでお年寄りの真似をして「老い」で笑うのを見るとものすごい腹が立ちます。

人の円塾性に皆がリスペクトできることを願います。
・・・がおっしゃるとおり未熟な年配者にはホトホト・・・。
by モニ (2011-10-03 14:37) 

tabu

モニさん、こんにちは!
ホントにこのテーマは大人気で、
「老い」をどうとらえるか、どう飲み込むか
って、みんなの問題なんですね。
老いを嘲笑するヒトは老いを恐れているのかな。
毎日を納得いくように過ごせれば
恐れはなくなるのかしら?
んでも、自分の老化に自分で笑っちゃうことも
増えてきた昨今です。
by tabu (2012-01-09 23:19) 

おっさん

ウルマンは自分に対して詩ったんではないでしょうかね。確かに青春の盛りにこれをちらつかされるとやかましいと言いたくなる気持ちも分からないではないです。ただ、落ち込んだ時にこの詩を読んでもう一度立ち上がろうという気持ちになったと言う若者を何人も知っています。そして自然に涙がこぼれてきたと言っていた女の子も。でもここが立ち上がってからもう五年以上経ってるんですね。tabuさんもその頃とは変わられたかも。当方50代です。今でも若々しく歌い続けるブルーススプリングスティーンにウルマンの影が垣間見える今日この頃です。
by おっさん (2012-03-10 10:02) 

うえしん

随分古い記事に返答をするようで申し訳ないですが、
サミュエル・ウルマンで検索をかけるとGoogleの上位に上がってくるので、
この記事を読まれた方が迷わないようにコメントを残したいと思います。
tabuさんがこの記事で書かれているように、
青春とはまさに「無知、未熟さから成り立っているもの」です。
「経験や想像力がないからいろいろなことに感動でき」
「心が不安定で、何でもが発見な時期」
と書かれていますが、その通りです。

経験を積むと「青春」だった頃の自分がつまらない事で悩んでいたと傍観し、不安定さを怖がるようになって安全な場所で身を守り、ネガティブな想像力をたくましくさせて色々な可能性に蓋をしてしまいます。
ウルマンはこの内面の変化を「老いる」と言っています。

若さとは何か。
肌のつやハリのことを言うなら、高校生は中学生を見て若さには負けるわ。と言います。まったく論外ですよね。
同じことが、仮に亡くなって肉体を失った先輩方がものを言えるとすれば「生きて健康な人間が、肌のつやハリくらいで何を失望するのか」ときっと言うでしょう。

つまり、ウルマンのいう若さとは身体能力の多少ではなく
「心の若さ、魂の若さ」です。
その若さを保てられている状態が「青春」であると考えてください。

話をもとに戻すと、
青春とは
常に「自分はまだまだ無知、未熟」と思わせてくれる状況へと身を投じれること、「心が不安でドキドキするような未知の世界への可能性」に目を向け「感動できる」こと。
「何もかもが新しい発見」であるような分野に歩み挑戦し、師を求めていくことです。

10代20代は、すべてのことが未経験のために、必然的にその状態になっていたと言えるでしょう。その年代がたまたま身体的にも発育期なだけです。
しかし、年を重ねると自分を守る術や安全な居場所を見つけそこに留まって動けなくなってしまいます。

自分を常に無知で未熟と思わせてくれる環境に身を投じることで、最後の死ぬ時までそれはその人を成長させ、90歳になって70歳のころの自分を「あのころは青臭かったな」と振り返れるような人生を送れるのです。

高齢の何の不自由も無いような財力や地位のある方が、この詩を紹介するのは決して偶然でも自己欺瞞でもないと思います。
知ってか知らずか、そういった不安定な未知への探究心をずっと絶やさなかったからこその成功が、その人にはあったのだと思います。
そして、なお自分自身へ、また自分の後へ続く人たちを鼓舞する意味で、このウルマンの詩を紹介しているものだと思われます。
by うえしん (2012-06-21 03:24) 

tabu

なんだか、ほったらかしですみません(^^;;
病気したり、他のブログにかまけていたりしている間に
また色々書き込んでいただいていました。
ありがとうございます。

私は毎日を新鮮に、楽しく、新しいことにチャレンジしたり
今やっている事を深耕したりしたいし、
しようとしているわけです。
怠けたり怒ったり、泣いたり笑ったりもします。
それで、そういう考えは書き込んでくださっている方と一緒だと思うんですけど、
なんだか噛み合ないのが不思議です。
成長したり、考えたり、チャレンジすることは
「若さ」がないとできないんでしょうか?
まったく別の問題ではないでしょうか?
突然小さな文字が見えにくくなったり、
抜けた髪がビロ〜ンと1本全部白髪だったり
老いていっても新鮮でビックリすることがいっぱいありますww
生きて行くってこーゆーことか!!と思います。
(きっと死ぬ時も新鮮でしょうな)

「私はまだまだ若い!」「オレは一生青春だ!」
とか言って、そんなに「若さ」を気にする必要があるのかしら?
それより、年相応な方がカッコよく思えます。
若さにしがみついてないで、
人生で培った成熟や経験を活かして、
また新しいことにチャレンジすればいいと思います。
by tabu (2013-03-04 22:04) 

tabu

昨日の自分のコメント見て、
自分が最初の書き込みと同じこと言ってるので笑った〜
「死ぬまで生き甲斐をもって生きて行こうね♪」
って気持ちはウルマンさんと一緒なんですよ。私も。
だけど、それを実行するには「精神の若さがないとダメ」
みたいに言うから、私がゴネちゃうんですよね〜。

だいたい「生き甲斐をもって生きる」って、
人間なら誰しもそうじゃないの?
っていうか年を取るほどそう感じるのじゃないのかな〜。
私はアガサ・クリスティーが大好きで、よく読んでたのですが
「年寄りの方が生に執着する。若い人は経験がないから
生きてる事の素晴らしさに気付かず、ふとした挫折で自殺したりする。」
なんてな考察を登場人物に喋らせたりしています。
私のまわりの人も、病気で苦しい人以外は、若くなくてもみんな何かしら
楽しみや生き甲斐をもって暮らしている。
鉄道が大好きで、列車のある素晴らしい風景写真を撮る人や
ハタからみたら雑草みたいなのを標本にして地域の植生の研究の手伝いしたり。
退職してからNPOを立ち上げて、社会貢献しようとしてる人も。
こんなのは、未熟ではできないと思う。
社会生活で身につけた経験や知識の上に成り立つのでは?

もう80歳に近いチチが、いままで仲良くしていた人が
「体が悪くなって泣き言ばっかり言ってて
話をしていてもつまらんから、つき合わないようにしてる」
とかぼやいてて、チチより年上で、
好奇心旺盛でユーモアのあるオジイサンと
温泉や旧跡にドライブに行ったりしている。
チチも今まで仲良くしてきた人達が次々に亡くなって行ったり
重篤な病気にかかって、家や病院から出られなくなったりして
次は自分かと思っているかも知れないし
そんな中で元気な気持ちを維持するのは難しそう。
そんなことを思うと、「生き甲斐を持って生きる」には
「精神の若さ」より「健康」や「希望」のが効くかもしれませんね〜。

あと、私は歌舞伎が大好きなので思ったのですが、
勘三郎さんは、志半ばで亡くなった感が強くて、
世代的にも新しい歌舞伎座を引っ張るリーダーとしての
働きを期待されていたから、亡くなられた時は
勘三郎さんがどんなに無念だろう、くやしいだろう、
この世に未練があったろうと、涙が止まりませんでした。
團十郎さんが亡くなられた時は、もちろん
新しい歌舞伎座での活躍を期待されている役者さんでしたが
お父様を若くで亡くされて後ろ盾を失ってから
努力と苦労を重ねてここまで成田屋を継続させて
海老蔵さんという跡継ぎもナントカ(いろいろあったけど)
目鼻がついたし、インタビューなどでも
「我が人生にくいなし」「これ以上できないくらい頑張った」
的なことも仰ってて、悲しいけどなんとなく
「ありがとうございました」ってお別れできる気がした。

勘三郎さんはウルマン派で、團十郎さんはtabu派じゃないかしら?
などと思いました。
by tabu (2013-03-05 22:36) 

おっさん

ウルマンさんがたまたまtabuさんが捉えているものを若さと言ったのでしょうか?どちらもポジティブに人生を生きるには重要なものだと思いますがね。私はポジティブに生きている人間を若いと感じますし、それを若いと読んではいけないとは思わないなあ。
by おっさん (2013-04-16 21:13) 

tabu

私の主張は「老い」をネガティブに捉えたくないということと、「若さ」の魅力は他にあるのでは⁉ということで〜す♪
by tabu (2013-04-26 00:50) 

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